いや、これが脳裏を回るので…。

というのはさておき、 先般呟いたことについて、頭の整理を兼ねてメモ。雑駁な整理なのはご容赦あれ。

 

契約書のドラフティングについて、訴訟になった時をにらんで、というのは、それが特に企業の外の弁護士さんから出るときには、まあそういうことになるだろうな、と思う反面、「中の人」としては、違う見方を思いつく。

外の弁護士さんにご出座をいただくというのは、特に訴訟になればそうだけど、ある意味、その時点で「負け」という見方もあり得るわけで、そこまで至らないようにすることが「中の人」としては重点を置きたくなるところ。

外の弁護士さんに、であれば特に顕著だけど、訴訟対応となると、法務だけでは完結するはずもなく、当事者たる事業部門にいろいろヒアリングしたり、時には証言台にたってもらったりとか、することになる。それは、法務にとっては、ある意味「本業」ではあるけれど、そういう事業部門にとっては「副業」というか、「本業」を行ううえでのマイナス要因というのが、「中の人」の見方としては適切に思われる。

そういうところに割かれる事業部門側のリソースを考えると、そういう「副業」をする羽目にならないように策を講じることというのは、それが可能な範囲であれば、やはり優先順位を上げない対応すべき事項となると思う。
(ここは小さなフォントで書くけど、会社全体でみれば、弁護士費用というのもあるわけで…(以下略))

そういう見方からすれば、まずは、当事者間できちんと話が完結するようにドラフトしてあるのが良い、ということになってもおかしくないわけで、つまり、裁判規範的な契約書よりも行動規範的な契約書の方が良いということになる。

そういう話の例で出てくるのが、某書(コードネーム:鍵カッコ本)で出てきた、検収なんて概念は法律上ないんだから、使うなという趣旨の議論。検収、って確かにあまりはっきりしない概念なんだけど、それを他の用語で定義しようとすると、検収としてそもそも自分たちが何をしているのか、事業部門の人に語ってもらわないといけないし、それは法務の聞き出す能力の問題もあるけど、そもそも聞いた相手が全体像を把握できていないと抜けもれが出そうで、やや怖い。それくらいなら、あいまいでも、それなりに当事者間で話の通じる用語を使った方がいいのではないかという気がするところ。

もちろん、この両者は二律背反とは限らないのだけど、時として両立しないように見えることもあるから、どうしたものかと考える次第。まあ、個人的にはそこまでシリアスな話になった記憶はないのだけど。また、ご指摘をいただいたように、一発物のM&Aの契約とかを念頭に置くか、継続的な取引基本契約のようなものを想定するかでも、ウエイトの置き方は変わるのだろう。