例によって例のごとく謎なタイトルですいません。例によって思いつきのメモ。

対外的な交渉にしろ、対内部的なあれこれにしろ、自分が話をしている相手方が言っていることが、ぱっと見には理解しがたいことがあったりする。その他のところで論理的であるにも拘らず、特定のところでのみ首尾一貫性が破綻しているように見えたりすると疑問が残ったりする。

そういうときは、ひょっとすると、相手側の制約要因を見落としているのかもしれない、と思ったりする。相手方が一定の制約の中で動いている(企業の「中の人」であれば、普通はそうだろう。企業以外の場合でもそうだろうけど)ときに、その制約要因から行動様式が規定され、目の前に見えている行動につながっている、というところが見えていないということになっているのかもしれない。それがわかれば、その制約要因が短期的に何とかならないとなると、それを前提にこちらの対応を組み立てることができるかもしれないし、それにより膠着しているものの打開ができるかもしれない(常にできるとは限らないのはいうまでもない)。

そんなこんなを考えつつ、相手方の「次」を考えたりするわけだけど、そういう制約要因を推定するうえでは、想像力も必要だけど、その前提となる情報も重要で、情報もないのに想像しても単なる妄想でしかなくなって、あんまり有用ではないかもしれない。

もちろん、何かに縛られているのは相手だけではなく、自分だって同じはずで、それが何かを意識することも、同様に、時としてそれ以上に重要になるかもしれない。見落としている選択肢や可能性に気づくことができるかもしれないので。といっても、自分自身を縛っているものが何か、というのは自分のことだけに、難しい面もあるような気がしている…。

…というようなことをぼんやり思う今日この頃。